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Best Ed Northland Ltd
ニュージーランドのノースランドを中心に活動している留学サポートセンターのブログです。
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プロフィール

たら

Author:たら
ニュージーランドに住んで15年。福島県
双葉郡富岡町出身。県立双葉高等学校
から獨協大学外国語学部英語学科を卒
業。二児の母。ノースランドで五年間の
教員経験を経て、日本からの留学やワ
ーホリ、その他の旅行者をサポートする
会社『Best Ed Northland』を設立。
通訳、日英翻訳、経理などいろいろなこ
とをしております。



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満州からモスクワへ
シベリア


9月5日
私達は中国人のおばさんと同室だった。眠っていたところを起こされ、私達側のベッドの下まで自分の荷物でいっぱいにした彼女にいい印象を持たなかったのは無理もなかった。これからモククワまでの1週間、この人と一緒?と思ったら先が思いやられた。

が、このおばさん、話してみるとそんなに悪い人ではなさそうだった。彼女のブロークンイングリッシュと筆談で会話をした。彼女には一人息子がいて、その写真を大事そうに抱えていた。一緒に乗って来た男の人はだんなではなく仕事のパートナーで、これからモスクワに行くまでに商売をすると言った。商売?

ロシア


満州に着き、しばらく列車が連結されるのを待つことになった。満州は上海と比べるとやはり北。肌寒くなって来た。そこで問題が起きた。これからロシアに入るのでルーブルに両替をしなければならなくなったが、「米ドルまたは中国元」と書いてある。私達は日本円はどこでも通用すると思っていて現金は日本円とわずかな中国元しかなかった。仕方なく中国元をルーブルに替え、あとはどうしようと思っていた。

そのうち列車が出て、ロシアに入った。

ロシアは広大だ。これからロシア大陸を横断して行くのだが、南北に移動するのと違って毎日1時間ずつ日本との時差が拡大して行くのだった。

カップヌードルなどを持ち込んだが、毎食コレでもとなり、何とか両替をしなければならなくなった。この中国人のおばさんに頼むしかないな。。。

おばさんの商売は密輸だった。大きな荷物の中身は皮のコートで、各駅に停まる度に数枚来て出て行き、1枚ずつ脱ぎながら売るのだ。駅にはそれを目的にしたロシア人でいっぱいだ。

おばさんのジャケットの内ポケットはあっという間にルーブルでいっぱいになっていた。1万円札しかなかったので交換してもらったらものすごい量のルーブルが。車内のレストランも利用したが、メニューが同じで数がないので、各駅でおばあちゃんたちが売っているピロシキを買ったり、パンやサラミを買ったりした。日本人の感覚からするとものすごく安かった。サラミも小さいものはなく巨大なものばかり。中国人のおばさんは毎食ヌードルだった。息子のためにがんばる母親の姿は国が変わっても同じなんだな~と思った。

ロシアはさすがに寒い。8月でも分厚いコートが必要だ。粗悪な皮のコートを売る中国人たちの間を、私はオールブラックスのダウン入りのロングジャケットを着て通るとみんなに引っ張られ、剥ぎ取られそうになった。売り物だと思われたんだろう。「ドロボー!」と中国人のおばさんがロシア語で叫び、皮のコートを抱えた人が警察の前を走り去ったが警察は知ら~んぷり。

そうそう、妙だったのは列車内のトイレ。洋式なんだけど、毎回入る度にイスの部分に足跡がついていた。揺れる列車の中で大変なことをする人もいるもんだと思ったけど、濡れティッシュを持って行ってよかった。紙も自分で持って行くといいと本で読んだので持って行った。

窓からの景色も針葉樹林が見えるだけで特にすることもないので、ロシア人たちはウォッカを飲んでいた。夫も誘われて飲んだが、そのうち酔っ払ったお兄ちゃんが上半身ハダカで外に出たりしてその時にはさすがに警察も捕まえに行った。

そのうち列車は静かにモスクワに着いた。

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北京
北京の街

(想像を絶する人込み!)

8月30日
北京は上海より人が多かった!毛沢東を見て、昼ご飯はKFC。う~ん、なぜ中国に来てまでKFC?でも贅沢品なのか、食べている人は少なかった。その途中の歩道橋の上から思わず上の写真を撮った。

8月31日
「北京まで来てパンダ見なくてもいいだろ~」と彼に言われながらもやっぱり北京のパンダが見たい!と動物園へ。朝早めに行って動物園前の屋台で朝ご飯。アツアツできたての小籠包を一人30円ぐらいで買ったけど、二人で食べても大変な量だった。
バスに乗るのに小銭がなくて隣りに立っていたおじさんに違法とは知っていながら両替を頼んだ。おじさんは一旦いくらかの小銭を夫の手に載せてくれたが、それを見ていたおばさんに何か言われてもっとくれた。騙そうとしたんだろう。おばさんに感謝!

9月1日
待ちに待った万里の長城へのツアー。なのに、待てど暮らせどバスが来ない!おかしいな~と思ってホテルの受け付けに聞いてみた。何だか知らないうちに場所が変更になっていたらしく、「バスは出てしまったので今から車で迎えに来ますから」と言われ、おとなしく待つことに。でも、おかげで一般車で中国の道路を走ってもらった!げー、クラクション、バンバン鳴らしてよくも自転車に乗っている人を轢かないもんだと感心。。。
途中でバスに追いついて乗り換えた。

万里の長城


しかしながら、日本語ガイドの日本語の流暢なこと!聞くと、外語大学で勉強してきて、もうすぐ上智大学に留学するんだと。それまで海外に出たことがないから楽しみだって目がキラキラしてたなぁ。日本じゃ、留学前に英語できる人なんて少ないから、やっぱり中国人の外国語習得能力は違うと思った。

馬

(お昼ご飯食べたレストランにあった。この写真を撮った途端におばさんが飛んで来てお金を取られた!)

9月3日
北京で最後の夜は北京ダックだと高級レストランに入った。普通のレストランと同じ量で来るものだと思って2人分注文したら食べきれなかった!何か、4人分ぐらいテーブルに並べられ、周りの視線も痛かった!何でおね~ちゃん、「食べきれませんよ」ぐらい言ってくれない?けど、おいしかった。

9月4日
北京駅は大きい!何とかモスクワ行きの列車を探す。コンパートメントを探しあてて、少し横になった。ウトウトした頃、けたたましい声に起こされ何事かと思ったが、ものすごい荷物を持った中国人のカップルが乗り込んで来た。ぎゃ~、何だコイツら!
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上海
上海

(上海の街)

8月27日~29日
8月の上海は暑かった。ホテルを出ると「チェンジマネー?」と中国人がまとわりついて来るし、水を買うとガイジンだと知った途端に値段が倍になった。でも、日本人の金銭感覚からすると何でも安い。

散歩に出たら、ある老人に英語で声をかけられた。話を聞くと、彼は若い頃に中国の内陸から上海に出て来て、勤めた会社の上司が英語を勉強していたので一緒に始めたのがきっかけで、チャンスを見つけては英語で話し掛けて来たそうだ。何でそれだけであ~もスラスラと話せるようになるのか!中国人の語学習得能力が高いのか。翌朝、6時に公園である英語のサークルに誘われた。

でも、疲れと暑さでぐったりの私は朝6時からそんなのに行く気にはなれなくて、夫だけ行った。とにかく、冗談じゃない人の数なのだ。歩いている人、自転車の人、車に乗っている人。人、人、人。。。車はクラクションを鳴らし、自転車はベルを鳴らす。慣れない私達は右往左往しながらイライラしてしまう。(上の写真は「クラクション禁止」の看板が面白かったから撮ったもの。その横で優雅に太極拳をしているグループがあった。)

そしてレストラン。笑ったら損でもするかのようにムッツリしたお姉ちゃんがメニューを持って来てくれる。英語のものと中国語のものがあって、中国語のものの方が品数も多い。(中国語のものを見たら意味を知るのがコワイような漢字もあったな。)でもさ~、最初にご飯、それが冷たくなった頃にメインが出て来るんだよ。何で一緒に持って来てくれないんだろう。しかも高級っぽいレストランだと従業員数の方がお客より多いからヒマそうにしている人もいた。社会主義国だから仕方ないのかな~。

仏像

(上海の仏像はハデだ!)

ハデな仏像を見たり上海雑技団のパフォーマンスを見た後で、29日に北京に向かう汽車に乗った。寝台車はなかなか快適だった。

北京列車



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いざ、イギリスへ!横浜~上海
横浜

(日本沖の日の入)

1993年のことで恐縮だが、何となく記録を残しておきたくて書く事にした。

わが町との英語アシスタントの契約がもうすぐ切れるという時、私と夫は最終的には結婚する予定だったが、落ち着く前にどちらの国でもないところに住んでみたかった。それで、ニュージーランド人ならだれでも憧れるイギリスへ行く事にした。

でも、私はその前に長短の留学や旅行でイギリスへは4回行っていたし、どうせ彼と行くのならもっと思い切った、女一人ではできないような旅行にしたかった。それで、飛行機を使わずに行くことにしたのだ。

いろいろ本を読んでいるうちにシベリア鉄道に興味を持ち、モンゴル経由よりは満州経由の方が安全だとあったのでそれにした。トーマスクックの列車時刻表を買い、横浜から船で上海まで出て、そこから列車で北京まで移動し、北京からシベリア鉄道に乗り、モスクワでイギリス行きの国際列車に乗り換え、ドーバー海峡を超えてイギリス入りするという計画にした。ただ、言葉などで自分で全てを手配するのは不安だったので、切符やホテルの予約は旅行代理店に任せた。

8月24日
夏真っ盛りのこの日、大きなバックパックを背負い、私はテニスのラケット、夫はギターを持って鑑真号と書かれた船に乗り込んだ。私達は10人部屋を他の国からの旅行者とシェアし、2泊3日で上海に向かったのだ。

船の中

(船の中の部屋で中国人の女の子がお絵描き)

横浜を離れた時の夕日の美しさには息をのんだ。夜、デッキに出ると、海面に月が映り、トビウオが水面を跳ねていて、う~ん、なかなかロマンチック。カラオケもあって、歌うのをすご~く嫌がっていたイギリス人が一度マイクを持ったら放さなくて皆しらけムードになったっけな~。

この旅行の前に夫と北海道に旅行に行っていて、仙台から函館までカーフェリーに乗ったことがあったが、その時は揺れてゲロゲロだった。でも、この鑑真号は快適で具合が悪くなることもなかった。中国語の映画なのに中国語の字幕がついていて面白いな~と思ったが、全く内容は分からなかった。(あ~、大学の時に中国語2年もやっていたなんて恥ずかしくてだれにも言えない。。。)

8月27日
3日目の朝、デッキに出たら一面水が茶色だった。「中国の河に入った」とだれかが言った。向こう岸も何も見えず、中国って大きいんだな~と改めて思った。「中国四千年の歴史」がもうすぐそこに迫っていた。

河


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